- コラム
製造業の経営視点で学ぶ:DX戦略を進める組織体制と人材育成(入山章栄氏に聞く・後編)
早稲田大学大学院 経営管理研究科 入山 章栄教授をお招きし、スカイディスク代表取締役CEO内村 安里と取締役 CSO後藤 健太郎と共に、経営視点で見る、事業で結果を出すためのDX活用について考えていきます。入山先生はビジネススクールで教鞭をとる傍ら、さまざまな企業の経営に関わるなかでDXの重要性も指摘もされており、「製造業のDXが進めば、日本のものづくり産業の地位が復建する」と語ります。後編では、デジタル人材育成や、DXを円滑に進める組織の作り方、そして製造業の可能性について、入山先生に詳しく解説していただきました。
本記事の内容は、2023年8月開催のオンラインセミナー『【製造業経営層向けプレミアム塾】DXを賢く使って事業を伸ばすために。経営視点で結果を出すDXを考える』を元に作成されたものです。
登壇者プロフィール
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄
早稲田大学ビジネススクール教授。専門は経営戦略論および国際経営論。1996年慶応義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2019年4月から現職につき、さまざまな企業への講演やアドバイザーなども行う。
デジタル感覚を持つには?
内村:DXを実践する上では、専門知識よりも会社を理解し、さまざまな成功体験を少しずつ積み上げていくことがトップ層に求められている、とお話しされていました。導入を推進する上で、社内にデジタル感覚を持っている人材が少ないため、息子さんをアサインする会社も多いとおっしゃっていましたが、デジタル感覚を持つ人材の必要要件とは、つまり何でしょうか?
入山先生:これはとてもシンプルで、デジタル感覚とは「デジタルの知識を持っていること」ではなく、「好奇心を持っていること」だと思っています。一見関係のなさそうなことにも好奇心をもって試すことができる人は、そのうちの一つとしてデジタルにもチャレンジしていくはずですよね。
若手だけではない!経験とデジタルスキルの融合
入山先生:また、一般論として、若い人の方がデジタルが得意で、年配の方は苦手という認識があると思うのですが、必ずしもそうではありません。
ある企業に対して、「営業のDXが進むとシニア層よりも若い世代の方が活躍するようになるのでは?」と質問したところ、「若い人材はデジタルに詳しいが実力があるわけではありません。なので、経験を積み実力のあるベテラン層がデジタルに強くなれば最強なんです。」という答えが返ってきました。
それを聞いて、好奇心を刺激することで、ベテラン層のデジタルに対する壁を無くしていくことができれば、日本の製造業の改革に繋がっていくと感じています。
デジタル人材育成と、会社の目的の明確化
内村:前編で、アメリカ企業よりも日本企業内のDX人材が極端に少ないというお話もありましたが、日本でDX人材を育てていくことについてはどうお考えですか?
入山先生:デジタル人材の育成や派遣は、ある程度、必要だと思っています。たとえば、ある大手空調機メーカーは日本企業で今一番DX人材の育成に力を入れている企業だと思います。空調が今後のIoT活用により伸びていくことが予想されることから、しっかり予算をかけて、新入社員のプログラミング研修などに投資しています。また、大手保険会社では、DXに対する意識と知識の改革が重要と意識されていて、ミドル層向けのプログラミング研修が行われています。
中小企業の場合は、業務のためにこのようなプログラミング技術などの習得が求められることは少ないでしょう。そのため、まずは簡単に利用できるSaaSサービスを導入して、何を得たいかを明確にした上で、それを使いこなすことができればいいと思います。もしそういった対処ができる人材がいないのであれば、DX人材を内外から抜擢してしまえばいいんです。
デジタル反対派がDX成功の鍵?
入山先生:やっていないだけで実はできるというベテラン層は意外と社内にいますし、むしろデジタル化に反対している人に任せてしまう手もあります。どういうことかと言うと、そういう人たちはDXを推進する上で一番初めに衝突する人物になるわけですが、DXによって生じるコンフリクトを一番知っている人でもあるのです。コンフリクトを知っているが故に、それらを回避・緩和するようにうまくプロジェクトを推進する可能性もあると思います。
また、他にも先ほども言ったような、経営者の息子など若い世代を抜擢する方法もあります。社外からの抜擢で言うと、雇用の流動が激しいベンチャー企業出の人材を採用したり、兼職をしている外部のアドバイザーを雇う手もあります。ちなみに、前述の外部から専門家をアサインしたケースにおいても、このCIOの方は業務委託契約で、その会社以外の大手企業においてもCIOとして複数を兼業されています。
要件定義に必要なのは、明確な目的の設定
内村:日本のDXの遅れについて考えたときに、DX人材の不足だけでなく、要件定義がそもそもできないことが多いのではないかと感じているのですが、この点についてはどのようにお考えでしょうか。
入山先生:まず、この場合の要件定義とは何かと考えると、「これからこの会社でこうした課題を解決していきたい」と考えることですよね。課題は目的と現実のギャップなので、目的がはっきりしていれば、この課題に対してはデジタルでこのように解決できる、と考えることができるはずです。そのため、多くの現場で要件定義ができない理由は、会社の戦略やプロジェクトの目的が概念的だったり、そもそもはっきりしていないことにあると思っています。
DX導入体制の整備について
内村:社内にDX部門を設置する際に、DX部門は結果が見えにくいことから、肩身が狭くなりがちというお話をよく聞くのですが、DX部門をどう評価していくべきか、うまく運営していらっしゃる事例があれば教えていただきたいです。
入山先生:DX部門を社内に作る場合は、社長が絶対的に守る必要があります。しかし、DXのプロフィットは見えにくいものなので、いさぎよく別会社化して離れて運営してしまうくらいでもよいと思っています。
たとえば大手流通企業では、DX部門を別会社化しています。また、日本の新聞社はDXに苦戦していますが、アメリカのある新聞社は、既存の事業部と拠点もルールも全く変えてデジタル部門を別会社化し、最後の責任は全体のトップが持つという仕組みにすることでDXを成功させています。これがもしDX部門のトップだけに責任を取らせる仕組みであったら実現は厳しくなりますね。
部門間のコンフリクトを回避する策
入山先生:また、DXの目的は、会社全体に働きかけ、イノベーションを起こし、持続的に儲かる体質の企業に変革することなので、DXを行う際には会社全体を変えていかなくてはいけません。
前述したようにDX部門が独立して行うと、成果につながる前にDX部門が批判されて取り組みが廃止されてしまうことになりがちです。こうした場合、DX部門のやることは他部署とコンフリクトが起こりやすいことから、実は、一番コンフリクトしそうな部署とトップを兼任させてしまうのが有効な手段です。
人事部門のトップと兼任させることも一案です。この理由は、トップを兼任させることで役員間のコンフリクトを物理的に減らす目的と、人事部評価や採用、人材育成を担う観点からスピーディーな変革が難しい分野で、DX部署とぶつかるためです。この形を実際に採用している企業として、大手クレジットカード会社や某うどん専門チェーン店があります。
AIと製造業のこれから
後藤:最近chatGPTが話題になっています。弊社もPoCプロダクトとして、生成系AI商材を他社に提供しはじめているのですが、AIはこれから製造業にも取り入れられていくと思っています。chatGPTをはじめとしたAIプロダクトを製造業で活用していくことに関してはどのようにお考えですか?
入山先生:まずchatGPTについては、先日IT批評家の尾原さんとお話した際に感じたことを私なりに解釈したのですが、高精度の生成系AIが出現した今、「問いを立てる能力」が必要と言われていて、chatGPTはその「問いを立てる」という行為を助けてくれるものだと思っています。
インターネットの普及が知識のコモディティ化だとすると、chatGPTの普及はインテリジェンスのコモディティ化であり、chatGPTを使えば誰が質問しても、同じ質問であれば似たような答えを生むことができます。そのため、今後はいかにオリジナリティのある問いを出せるかが勝負になってくるはずです。
また、答えが均質化することで、何を言ったかではなく、「誰が言ったか」という人のブランド力が重要になると考えています。
AIと製造業の未来、chatGPTが開く新たな可能性とは
入山先生:これは、大きな視点でchatGPTが社会全体にどのような影響を与えるかという話です。
chatGPTはプログラミングをすることも得意ですよね。これは製造業に対して大きな変革を与えうると考えています。AIと製造業という話に関して言うと、私は今、業績が急上昇しているIoTのプラットフォーマー企業の取締役をしているのですが、あらためてIoTの普及による製造業への可能性
をひしひしと感じています。
これまで製造業のIoTに関するプログラムデータが外部へ明かされることはありませんでしたが、今後はさまざまな企業のデータをchatGPTに学習させることで、各企業の独自のプログラムが掛け合わされたサービスが生まれる可能性があるのです。たとえば、ある建機メーカーの建設DXツール、他の自動車メーカーが持つ自動走行、また他の企業が開発したドローン、さらにエネルギー企業の地熱発電を相互に作用させるプログラムを生成する、なんてこともあり得るのです。
IoTが切り開く製造業の新局面
入山先生:また、IoTの普及によって、デジタル商材市場の拡大も期待されています。今まではインターネットの時代で、人とインターネットがスマートフォンなどを通して紐づいていました。その世界観では、スマートフォンが世界中に広まれば販売市場規模は80億個となりますが、これからくるIoT時代では、インターネットが「モノ」と紐づくので、市場規模の可能性はさらに大きなものとなります。
入山先生:その結果、IoTが栄えるとインターネットとつながったモノが増え、モノづくりが栄えることになり、そうなるとモノの品質が競争優位性となります。世界の中でモノづくりの質が高いと言われているのは、ドイツと日本です。つまり、この機会を逃さなければ、IoTを取り入れた日本の製造業は復権する可能性を秘めているのです。
いま、DXを取り入れている企業はどんどん強くなっています。IoTの浸透は大きなチャンスである一方、日本の製造業の多くがこのままアナログであり続けると、日本は負けてしまいます。
日本は一度波に乗ってしまえば強いので、製造業の皆さんには、ぜひデジタルを手段として取り入れていってほしいと思っています。
内村、後藤:製造業の未来に期待が溢れるお話でした。素晴らしいお話をありがとうございました。
▷前編 「経営視点でDXを理解する:なぜ日本の製造業は変革できないのか」
後編では、デジタル人材育成や、DX推進をする組織体制の作り方、そしてAIと製造業の可能性について伺いました。前編では、背景となる日本のDXの現状とこれからの向き合い方をお聞きしています。
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